起きろ。これがお前の戦場だ。
踊れ。ここがお前の舞台だ。
All or Nothing 5 円卓へようこそ
1.
奇妙な声を発して、サイファーは身体を反らした。それを見たピクシーは、僅かに微苦笑と呼べる形に顔を歪める。
「ロバとミミズが混ざると、そんな声かもな」
「おいおい、せめて両方哺乳類で頼むよ」
身体を伸ばして、更に左右に振っていたサイファーは、とてもテストパイロットという身分にあったとは思えない。あれは知識と技術、両方が傑出していなければ就けない仕事だ。サイファーは次にぐるぐると首を回し始める。
「落ち着きの無い奴だな」
「首が痛い、というか全身が痛い。あんなG掛かる機動したの久し振りだったし、俺も歳かなぁ。まだ残ってる」
ちょっと調子乗っちゃったなあ、などと言うサイファーを、ピクシーは意外な視線で見つめた。その視線の先で、更に全身を回転させるスウィング。上半身と腰の回転が対称で、まるで妙な形の独楽を回しているように見える。
「んー、まあ、こんなところか」
「お前、本当に脊椎動物なのか?」
「年に三回ぐらいはしゃんとするらしい」
第三者的な言葉からなんとなくその相手を考えたピクシーは、自身の思考を自覚するに至って胸中で舌打ちした。どうも思考が詮索寄りになっている。それは自分の信条に合わないことだというのに。狂う調子をリセットするように、蛇口を捻って冷たい水を顔に掛けた。
「おおぅぶ」
隣から聞こえる奇声は無視。冷たい水は、少しばかり気分を晴らした。気の済んだところで蛇口を閉め、顔を拭う。
「おし目が醒めた。ピクシー、朝飯行こうぜ」
「ああ」
実際は、朝というには少し遅い時間帯だった。基地の収容限界を超えつつある状況なので、大佐がオフピーク運動を始めたためだ。名前はふざけているが、必要な措置ではある。おまけに正規軍と顔を合わせることも少なく、狙ってやっているとしたら、なかなか繊細な気配りと言えるだろう。
「おはよう、マダム。今日の朝飯は?」
「鹿肉のソテー、なんてね。タンドリーチキンで我慢してちょうだい」
「チキンは好きだ、タンドリーがケミカルケミカルしてなければ」
「あー、パンに期待しなさい、パンに。おはようラリー」
「おはよう」
名前で呼ぶ人間は少ない。だが呼ぶのは地上を勤務地とする人間に多い、というのが特徴だ。パイロットはやはり片羽か、いまではこちらのほうは少ないが、ピクシーの名で呼び掛ける。そういえばいまの相棒は、珍しい側であるピクシーで呼ぶ。
そこまで考えて、名前で呼ぶ例外がいたことを思い出した。
「サイファー」
「ん、なに?」
「訓練飛行の依頼だが、受けるのか?」
サイファーはチキンを一口食べるごとに水を飲みながら、んー、と首を捻る。
「金額次第だなぁ。むしろ俺でいいのかとは思うけど、断る理由はない。お金大好き」
「お前が教えるなんぞ、想像出来ないけどな」
「大佐はバカと鋏の使い方を知ってるよ。ちょっと自信がついてきたヤツらをコテンパンにするとか、そんな使い方だろうなぁ」
そう言えば、大佐とサイファーは既知だった。それからサイファーが言っていた大佐の経歴を思い出し、訊ねてみる。
「アグレッサーだったそうだな」
「大佐?」
「ああ」
「そうそう」
サイファーは諦めたように、一息にチキンを水で流し込んだ。「派遣で中央にいたから尉官だったけど、少佐相当でさ。強かったのに引退した理由は知らない」
少しばかり説明の足りない言葉ではあったが、理解は出来た。大佐の外見年齢からすれば、軍属になったときはまだウスティオ共和国そのものがなかったはずだ。所属するのは当然ベルカ軍となる。ただ宗主国と属国の区別は明確にされていたから、中央軍で出世は出来ない。母国でも出来ない。出向者は完全な貧乏籤を引く形になる。
「大佐って、出来るけど煙たがられるっていうのの典型だったらしい」
「苦労人だな。そこまでして国にいる理由がわからない」
「知らないだけだろ、っと」
サイファーとほぼ同時に、ピクシーも手を止めた。震えたポケベルを取り出し、表示に片眉を上げる。
「休暇は終わりか」
「楽してちゃ稼げないしな。今度は対地じゃないといいけど」
「確かにな」
そう言って、ピクシーは最後の一匙を押し込んだ。楽しいお仕事の始まりである。
ああ暇だ、と大佐は踊る会議を眺めた。眠そうな様子など微塵も見せず、後頭部辺りで欠伸をする。起こしてくれる少尉がいないので、けっこう必死だ。
「スーク大佐、どうだね?」
どうもこうも、と言いたいのを堪え、ゆっくり口を開く。
「せっかくの補給線です。無駄に遊ばせることはない」
「攻勢支持ということかね?」
「ええ。もちろん、条件付きですが」
大佐は脳裏に地図を広げた。171号線が空き、現在はウスティオ陸軍が固めている。サピンのサラゴサ周辺も支配域から脱したのだ、オーシア様も堂々進軍出来るだろう。そしてオールドファーザーの武力派遣を確認するまで、安易に進軍すべきではない。
「条件とは?」
オーシアが約束を守るか確かめてから、というのをどうにかオブラートに包む。
「オーシア軍との協同歩調、それに際して自己の領分を明確にしておくべきでしょうね」
「私は陸軍の再編を急ぐべきだと思うが?」
大嫌いな声に、今度は鼻の奥辺りでしかめっ面をする。しかしやはり、外には出さない。
「再編出来るだけの兵力があればいいんですがね。いまのところ良く言ってズタボロ、正に死に体です。すべきは分断された各ポイントの回復と救出、それまでは航空戦力で補うしかないでしょう。救出にも地上兵力が必要ですから、やはり連合待ちです」
そう言って、軽い鬱憤晴らしを付け加えた。「少将閣下の部隊が無事退却出来ていれば、だいぶ違ったんですがね」
あたら精鋭をどうでもいい局面で遅滞に使った、と陰口叩かれまくりの少将だが、彼は平然と応じた。
「首都防衛に必要な措置だった。仕方あるまい」
――上層部の脱出、だろう。
言い訳なら最悪、本気で言っているなら無能。あの遅すぎるタイミングで防衛はないだろう、と大佐はとっさの溜息を慌てて飲み込む。深呼吸に変えて息をつくと、身体が弛緩した。
――ん?
思考の空白に、なにかが引っ掛かる。
「――離陸していますな。私は命令してないはずですが」
「CAPじゃないのか?」
「交代の時間ではない。アクシデントによる交代なら連絡が来ます。……失礼、見てきます」
「その必要はない」少将が言った。「座りたまえ大佐。説明しよう」
不愉快な出来事が待っている。そんな予感に、大佐は顔をしかめた。だが大人しく着席する。
「大佐、君の言う協同歩調は既に開始された」
「と言いますと?」
「連合軍が正式に発足した。特に海軍は第三艦隊を派遣している」
「大盤振る舞いですな。それとこの離陸に、なんの関係が?」
「進軍支援だよ」少将は当然のように言った。「我々も戦力を出すべきだろう」
わからないでもない。むしろ大佐のスタンスからすれば、オーシアの好きにさせておくのは好ましくない。だが不愉快ではある。
「……私の部下に対する命令は、私を通して頂きたいですな」
軍隊における基本事項である。指揮系統を無視した命令が通れば、軍を私物化することも可能だ。少将もわかっているようで、素直に謝罪する。
「急に決定した作戦だった」
「過ぎたことはどうしようも無いでしょう。担当の部隊はどこです?」
「666飛行隊だ」
大佐は続く部隊名を待ったが、いっこうに言われないので、仕方なく自ら口を開く。
「それだけですか」
「ああ」
「……作戦空域は」
躊躇うような間の後、少将は言った。「B7Rだ」
大佐の脳裏に、ポップコーンの弾けるイメージがよぎった。スパーンと弾けるそれは、気遣いや我慢といった諸々だ。
「……B7Rに、たったの二機ですか」
「傭兵だ、死んだところで国の戦力は減らない」
「陽動にならなかったらどうするんです? せめてもう一つ、フライトぐらい付けるべきでは?」
少将は眉を上げた。「金が掛かるだろう」
言った。言いやがった。それでも大佐は、まだ持ちこたえた。
「――まあ、陽動とわかっているなら適当なところで引き上げるでしょう」
「名目上は威力偵察だ。拒否や逃亡があっては敵わないからな」
「彼らを殺したいのですか?」
思わず出た言葉だったが、少将は真面目な表情で答えた。
「報酬額がトップクラスの二人だ。減れば財政に貢献出来るかもしれないな」
これはいけなかった。なにせ負け戦確定だったウスティオに傭兵たちが来たのは、報酬と、紛れもない酔狂だ。その酔狂者たちですら、大佐は集めるのに苦労した。初期ヴァレー基地からいる傭兵から伝手を使って集め、やっとの思いで撤退戦を半分成功ぐらいまで押し上げたのだ。
それを、精鋭を使い捨てるしか出来なかった無能がまた使い捨てると言う。
「冗談は顔だけにして頂きたいですな」
一瞬凍った場の空気を打ち砕く勢いで、大佐は舌鋒を振るった。
「あれがどれだけいいパイロットか、知らんようだから教えて差し上げよう。……彼らの才能と技術を金で買えるなら、安いものだ。幾ら出しても我々自身は、エースになれんのですから」
大佐は冷ややかに笑った。「閣下はよくご存知でしょう。地位は買えても才能は買えないということを」
さすがに少将の顔色が変わった。
「……君とは話す必要がありそうだな、スーク大佐」
「私はまったくもって感じませんが、まあいいでしょう。少将閣下のご命令ならば」
階級を強調してやると、高いプライドと劣等感が刺激されたようだったが、大佐はどこ吹く風で立ち上がる。
「すべき議論は既に終わっていたようだ。――基地運営の仕事が溜まっておりますので、失礼します」
2.
『合流予定部隊に問題発生。偵察はガルム隊のみで行われたし』
確定されていた通信を受け取り、イーグルアイは罪悪感を覚えた。特にピクシーは、撤退戦で力を尽くしてくれた傭兵の一人だ。彼らの行動で救われた部隊は多い。
「イーグルアイよりガルム隊、悪い報せだ。合流部隊にトラブルが発生した」
『こちらガルム2、幸先悪いな。偵察は中止か?』
「ネガティブ。ガルム隊のみで威力偵察を続行せよ」
『ガルム1了解』
『機体の機嫌を損ねるなよ』
『もう仲良くなったから大丈夫だ。そっちこそ、片羽持ってかれるなよ』
『そうなったらお前を放り出して撤退する』
サイファーは丁寧な口調で応えた。『怪我には気を付けて下さいね。マジで』
緊張感の無い会話である。半分不敵さ、半分頼りたくない感を覚えたイーグルアイは、不敵な方に言った。
「間も無く作戦空域に入る。――ガルム隊、B7Rに侵入し、周辺の状況を探れ」
返事はやはり、不敵だ。
『ガルム2了解。俺たちにお似合いの場所と任務だ』
イーグルアイとてサイファーの実力は知っている。大佐の推薦であり、片羽が相棒と呼ぶ腕の持ち主だ。だが普段の様子を見ていると、本当にこいつでいいのかと思ってしまう。わけのわからない歌を歌っていたり、写真撮影をしていたり、読書をしていたり。それもすべて、脳天気な笑顔付きだ。
――それがどうした。
理性はそう思うのである。問題は、感情というか感性の問題だ。どうも緊張感がない。
「ボス?」
部下に問われ、イーグルアイは大丈夫だと首を振る。一息で思考を完全に振り払った。
「イーグルアイからガルム隊。レーダーに敵性反応、警戒せよ」
ピクシーは軽く悪態をついた。円卓にCAP機がいないなんてことは有り得ない。それはわかっているが、たった二機での威力偵察では、なにかを罵りたくもなる。
『タリホー。方位040に二機』
「了解。生き残るぞ、ガルム1」
『ガルム1了解。エンゲージ』
敵はこちらと同じエレメント。だがそれだけであるはずがない。必要なのは迅速な撃破。サイファーが距離を詰めていく。こちらは兵装切り換え、AIM-7をスタンバイ。一昔前の兵器だが、いまはこれが限界だ。
「フォックス3」
『フォックス2』
図らずも声が揃った奇襲は成功。スプラッシュ1のコールが響く。
『イーグルアイよりガルム隊、敵が集まってきている。総数九、但し円卓の電磁波に隠されてる可能性もある』
「向こうも気付いたようだ」ピクシーは張り詰めていく糸を感じる。「慎重に、大胆にいこう」
『哲学者っぽいな』
サイファーはいつもの調子で応えた。否、少し、抑え気味だろうか。
――緊張か?
緩んでいるよりいいが、過度の緊張は非常に良くない。だがとりあえず、ピクシーは相棒を信じることにした。
「方位280に三機」
『北にもいるぜ。分ける?』
「もう少し減らしてからにしよう」
『ラジャー、もうしばらく仲良しこよしだ』
こちらから言うまでもなく、サイファーは280に敵を定めたようだ。言わなくても息が揃うのは、ストレスが無くて良い。
「敵増加だ。合計五機」
『じゃあ後ろから四機ぐらい来るかな』
『三機だ』とイーグルアイ。
「背中は任せた」
視界の端を、ドラケンの翼が翻る。『少しは残しといてくれよ』
「嫌なら早く来い」
ロック。
「フォックス3」
敵機が散る。照射警告の中、ピクシーは身を捻ってから器用にラダーを操り、ロックした敵を照準し続けた。命中と同時に警報がミサイルの接近を知らせる。フレア投下。左にエルロンを切ったままの状態で、機首を起こす。しのいだ。
――綱渡り。減点。
「わかってるさ」
反転せず、左に抜けながらエルロンを切り返す。敵機の右腹を捉えた。射撃。二機目を撃破。
『ガルム1、完食』
『280から敵機接近中。接敵まで僅か』
首を上方に傾けながら、イーグルの推力に任せて強引に上昇。インメルマンの先で敵機を捉える。
「フォックス2」
『スプラッシュ1。ピクちゃん、半分こだ』
「スプラッシュ1。了解、だがそのふざけた呼び方はいい加減にしろ」
相変わらず、ドラケンとは思えない迅速さだ。
『俺は真面目に呼んでるよ』
無視したピクシーは、イーグルアイの情報に従って旋回した。限界まで首を捻った先で、敵機を捉える。徐々に首の角度が緩くなり、HUDの中央へと敵機が入って来る。
――油断大敵。
「わかってる」
臆病者は、撃墜するまで息をつけないのだ。
『ガルム隊へ告ぐ。空域B7Rへ侵入しろ』
『え、ここって円卓じゃないのか』
『……ここはまだ玄関先だ。弾を切らして無いだろうな?』
『それはない。もっと広いと思ってたんだよ』
前座のステージは終わった。
『目の前に広がる山脈が円卓か……噂には聞いていたが』
『警告! エリアB7Rに高速で侵入する機影、新たに捕捉』
これからが本番だ。
『ガルム2からガルム1へ。敵の増援、恐らく本隊だ』
もう限界に近い。
『ふ、ふふっ』
そうか、お前もか。
『ああ、もうダメだ』
『サイファー?』
『もう我慢出来ない。暴れてやる』
そうだ! 踊れ、脆弱な人間よ!
鋼の翼でリードを取り、踊り殺すがいい!
『不思議だよ』
私は飛ぶためだけに生まれてきた。
お前は生きるために飛んでいる。
『――こんな気持ち、初めてだ』
ならば互いに、命尽きるまで飛べばいい!
人間よ、お前は脆い。
人間よ、お前は鈍い。
だが私を使えば、お前は王になれる。
ならば飛ぶ以外になにがあろう!
私は私の敵が炎に包まれる前に、
私自身で炎に叩き込んでやるのだ!
そのためには、地べたを這いずる人間よ、
お前に使われてもやろう!
デトレフ・フレイジャーはタイフーンを駆っていた。円卓の侵犯に出撃出来たことを安堵する。
――あれに任せるなど、悪い冗談だ。
禿頭のにやけ面を振り払い、命じる。
「ロト1より各機、野犬狩りだ。全機墜とすぞ」
『了解』
五対二、負ける要素はない。
『ロト2より報告、方位080に敵影二。……隊長、あれは』
敵はイーグルとドラケンというアンバランスな組み合わせ、しかも片方はベルカにも名の届く赤い片羽のイーグルだが、デトレフの目を引いたのはドラケンだった。
「――戻ったのか?」
両翼それぞれに3と2を大書した機体とは、以前砲火を交わしていた。被弾させたが撃墜には至っていない。
――好都合だ。
「ブレイク」
次は完全に叩き落とす。もちろん、あのイーグルもだ。
「金にたかる犬どもが」
ノイズ混じりの無線が応じるように響く。
『ここは円卓、死人に口無し』
『金に執着しないなんて、お坊ちゃまぐらいだよな』
速度を落とし、左旋回。ドラケンのペイントが見えたのは、こちらにコックピットを向けて九時方向へ旋回していたからだ。左側面を突くつもりだったのだろうが、気付けば容易にこちらが背後を取れる。
突然ドラケンが下降した。予備動作のほぼ無いそれは、ストールターンか。
『AMRAAMを使うまでもない』
左翼下方で待機していたロト3が言った。『仕留めます』
相手の腕が鈍ったか、とデトレフは思う。決めていた軌道を3に譲ったので、後方からの接近支援を選択。一度速度を上げ、上と下で交差。タイフーンの軽快なエルロンを切り、旋回。
ドラケンが奇妙な動きをしていた。まるで地面を地平線とするバレルロールのようだ。ロト3は斜め上方に抜けていく相手にロックを諦め、旋回して背後を取るらしい。速度が上がる。この角度では相手もロック出来ない。
『な、』
ドラケンの下から姿を現したタイフーンは、黒煙を吐いていた。デトレフは混乱しながら兵装を切り換える。AMRAAMレディ、ロック。
「フォックス3」
ドラケンは上昇しながら囮を吐いた。ミサイルの軌道が逸らされる。
「ロト1より各機、ロト3が撃墜された」
『こちらロト2、ロト4も撃墜されました。……ただの野良犬ではなさそうです』
ドラケンを追って加速。再度ロック。
「ただの傭兵だ、我々とは違う」
ただ金のために生きる者と、同じ覚悟であるはずが無い。デトレフは、そう信じていた。
鋭い機動のタイフーンから舞うように別れたドラケンを見て、ピクシーは密かに安堵した。先ほどから、本格的にサイファーの様子がおかしい。
「イーグルアイ、サイファーはとうとう頭が飛んだのか?」
『戻ってきたのかも知れん』
「どっちにしろ普通じゃないな」
酷い言い種だが、同じ空を飛んでいるのだから敏感にもなる。ここは僅かなミスが音速より早い死をもたらす世界だ。酷いというなら、ミスをするほうが酷いのである。
「仕切り直しだ。サイファー」
『ん?』
「頭は大丈夫か?」
サイファーは僅かに弾むような口調で応じた。
『人生最大のビッグウェーブだ。――来るぞ』
エルロンを切り、左旋回。態勢を立て直していた互いが再度、対峙する。お喋りは終わりだ。真正面から対峙せざるを得ない状況を、ピクシーは皮肉っぽく笑う。まるで騎士の突撃だ。
エルロンを左に、三機のフィンガーチップから花開くように分かれた機体を追う。タイフーンは機動性が高い上に、パイロットの腕は折り紙付き。急加速から右側、こちらの旋回半径内に入ろうとしてくる。
――舐めるな。
多少強引に減速とエルロン、引き起こし。ほぼ翼を直角に立て、鋭いU字を描く。身体が見えない手に押し潰されそうになるが、構わない。トリガー。完璧に計算されたタイムラグの間に敵機の右翼がHUDに入り、弾丸が発射される頃にはピパーに捉えている。命中。相手の機体が右へ流れる。その隙にピクシーはラダーで機体をスライドさせ、ピパーを相手のコックピットに照準。一瞬の邂逅。
「スプラッシュ1」
中枢であるコックピットを蹂躙され、敵機は制御不能になりながら墜ちていく。それを見届けず、旋回。こちらが一機を相手にしていたということは、二機がサイファーに向かっているということだ。ドラケン相手に、ご苦労なことである。
「ガルム2よりガルム1、まだ生きてるか?」
『まだ死んでない』
方位090、とイーグルアイから告げられ、ピクシーは方向転換した。無線に雑音が入る
『……スティオ……傭兵風情が、なぜそこ……やれる?』
『機体がいいんだ』サイファーは明快に告げた。『それに座敷犬と野犬だったら、ぜったい野犬のほうが強いよな』
一世代前の機体でそう言ってのけるサイファーに、小さく苦笑する。続いて捉えた三機を見て、息を呑んだ。
――夢か?
白煙を引いているのはいい。当たり前だ。だがそれがどう見ても誘導を受けていない、恐らくロケット弾となれば話は別だ。
そしてそこに、まるで自ら当たりに来たように見える敵機が来れば、信じてもいない魔法を見ているように思える。否、以前に一度、見たことが――。
『……長、ご武……を』
『マ……ー!』
白昼夢は一瞬。ピクシーは最後の敵機へ機首を向ける。
「こいつらは終わりだ。ガルム1、フィニッシュに取り掛かろう」
『オーライ』
一機を二機で追う。教科書では圧倒的戦力差だが、現実はそうではない。油断せず、スパローでロック。
『フォックス2』
「フォックス3」
ほぼ同時に放たれたミサイルに、囮が放たれる。だが距離の差が時間差となり、ピクシーの放ったスパローが命中した。
『スプラッシュ1』「スプラッシュ1」
綺麗に揃ったコールに、二人同時に押し黙る。
『……共同撃墜、だよな?』
「俺のミサイルが当たった。俺の戦果だ」
『俺のミサイルがあったからだろ!?』
「仮定に興味はないな」
ぬあー! とサイファーが叫んだ。
『イーグルアイ! こういう場合……』
『ベルカの増援、全機撃墜を確認』イーグルアイは完璧に流した。『任務終了、基地へ戻るぞ』
「了解」
ピクシーはそこそこ機嫌よく機首を巡らせた。そうだろう。円卓の警備、つまりはベルカのエースを被弾無しで撃墜したのだ。報酬も名声も、桁違いになる。
だがその心地良さは、次の通信で吹っ飛んだ。
『連合作戦司令部より入電。『連合軍海上部隊は進軍を開始。貴隊の活躍に感謝する』』
ブリーフィングで感じた違和感が結実した。ここでの死闘は全て、海上部隊とやらが安全に進軍するための陽動、囮だ。ベルカはまんまとマグネシウムの熱に突っ込んでいったことになる。しかし金属片でない、人の身であるピクシーが、捨て駒とされて喜ぶはずも無い。
「なるほど、俺たちは捨て駒だったようだ」
やや皮肉げに告げた言葉に、イーグルアイはなにも返さなかった。小さく鼻を鳴らし、斜め右前方に来た捨て駒仲間に声を掛ける。
「よう相棒、まだ……おい、相棒!」
『え?』
「煙噴いてるぞ!」
事実だった。量はさほど多く無いが、通常出るはずの無い黒煙がドラケンから細々と出ている。
「被弾したのか?」
『いや、被弾はしてないけど……さっきから推力ダウン気味だったから、あっれーとは思ってたんだよなぁ』
『ガルム1、機体状況を報告せよ』
イーグルアイのやや緊張した声に、少々の間を持ってサイファーが応じる。
『ん、燃料系統は無事、計器もたぶん平気。推力も下がってってるんじゃなくて、上限が下がってる感じ。航行可能。給油ポイントのアラゴサまでは保つと思う』
「墜ちるなよ」
『それは機体に聞いてくれ。けどまあ』サイファーはひどく優しく聞こえる声で言った。『ヴァレーに帰るまでが、作戦だもんな。大丈夫だろ』
それはまるで戦友に語りかけるようで、ピクシーは過去を思い出した。
以前見た魔法の主は、現在のサイファーとよく似た口調で語っていたのだった。
3.
アラゴサ基地を経由して帰って来たガルム隊は、予定時間を大幅に過ぎていた。ドラケンの修理をしていたからだが、アラゴサにもまともな機材があるわけではなく、応急処置的に点検・補修をしただけである。そのためか、帰って来たドラケンは奇妙に断続的なエンジン音を響かせて止まった。
「ダメだな、こりゃ」
「ダメですね」
整備主任に副主任が応じ、帰還を待っていたイーグルアイやその他パイロットたちも、まあそうだよなと頷いた。
先にイーグルの元へタラップが運ばれる。ドラケンのコックピットが開いたので飛び降りるかと思いきや、サイファーは風防辺りに腰掛けた。その場にいた全員が、そちらへと向かう。片羽も相棒の元へと向かっていたが、大所帯のこちらを見ると呆れと驚きの混ざった、妙な表情をした。
「何事だ」
「悪魔ッ子ドラケンの帰還だぜ? 全員で出迎えるのが筋だろうが」
おうよと頷くのは基地の整備員、管制官、そして開戦前からいた傭兵、つまり先代パイロットと付き合いのあった面々だ。ピクシーは肩を竦め、タラップに道を譲りながら笑みを浮かべる。
「気を付けろよ。いまのアレは、ネジが一、二本ぶっ飛んでる」
「回りまわって正常値だろ」
イーグルアイが笑いを堪えた。だがいつまで経ってもサイファーが降りてこないので、自然とピクシーに注目が集まる。
「……なんだ」
「相棒なんだろ、さっさと引き摺り下ろして来い」
「地上での子守りはご免だ」
だが無言の圧力に耐えかねたのか、両手を挙げて降参してからタラップを昇り始める。恐らく拒否はポーズで、気になってはいたのだろうこのツンデレめ、と周囲は結論付けた。機体の下に身を隠し、聞き耳を立てる。
『いつまでそうしてるつもりだ?』
『満足するまで』
サイファーはさらりと答えた。
『そういえばピクちゃん、あたっ』
『なんだ』
『……片羽は、言語幾つ使える?』
唐突な話にピーピングならぬタッピング・トムたちは首を捻ったが、慣れ故かピクシーの反応は早かった。
『日常会話程度なら幾つか出来るが、読み書きを含めると二ヶ国程度だな』
『そっか。俺は三ヶ国はいけるけど、喋るのは苦手。上手く伝わったためしが無い』
でもさ、とサイファーは続けた。
『音楽だけは違った。演奏するとき、俺の言葉はどこかに届いた。俺が創造者で、主導権を握ってた。それを知ったとき、新しく生まれ直した気がした』
軽い吐息。
『今日は、三度目の誕生日だ』
聞く者が聞けば狂人の電波だと言っただろうし、そうでなくとも夢見がちな乙女と言っただろう。だが、誰も言わなかった。
パイロットは知っていた。音より速く、翼が語ることを。
整備士は知っていた。物言わぬ鋼鉄と、語り合う術を。
管制官は知っていた。無機質な光点が、戦場の意図を示すことを。
この場にいる誰もが違う世界と言葉を持っていて、なにも言わない片羽も恐らくは、そうだった。戦争に参加する誰もが、少しずつ狂っている。狂想の中で、夢を見ている。兵隊という生き方を望んで選択する者は、多少なりともロマンチストなのだ。
『あー……なんかやっと満足した。ちょっとどいて、降りるからぁった!』
恐らくぶたれたのだろう。ややして二人分の足音がタラップを降りてきた。トムたちはぞろぞろと機体の下から移動する。片羽が降りきった背後で、サイファーが足を止めて後ろに身を捻っていた。
「Dekuju vam.」
ウスティオの言葉でありがとうと告げて視線を戻すと、大所帯のこちらに気付いて少し目を見開いた後、いつもの笑みを浮かべた。
「ただいま、……だってさ」
へらっとした笑みが誰の代弁者か正確に理解した面々は、背後の機体に向かって言った。
「お帰り、グレモリイ」
オーシア空軍所属チャールズ・ヘクター・ハミルトン准将という肩書きを持つ男は、ヴァレー基地司令官の執務室の扉を叩いた。すぐに扉が開き、美人の少尉が招き入れた。髪で顔が隠れているのが惜しいと思える美人である。
「ようこそ」
そう言ったのは少尉ではなく、部屋の主である大佐階級の男だ。大佐は軽く一礼する。
「ウスティオ空軍所属カレル・スーク大佐です。ヴァレー基地司令官兼、事実上の空軍統括者です」
臆面なく言った大佐に、准将は軽く頷いた。既に調べはついている。
「聞いております。私はオーシア空軍所属ウスティオ方面派遣将官、チャールズ・ヘクター・ハミルトン准将です。よろしく」
差し出した手を、大佐は強く握り返した。不意打ちのベルカ式握手に一瞬表情を変えそうになるが、どうにか堪える。大佐もごく普通に椅子を勧めた。准将は椅子に腰掛けながら、目の前の相手を観察する。
ヴァレー基地司令官カレル・スーク大佐。それだけでは、彼を正確に言い表すのは不可能である。大佐という地位と実際にこなした仕事、成功させた作戦内容は雲泥の差がある。階級と功績が一致しないのは、ウスティオ軍全体における傾向の一つだ。
「率直に言わせて頂きます。大佐、あなたは事実上、ウスティオ空軍のほぼ全てを統括していると言っても過言では無い」
「率直に答えましょう。その通りです。――誰もやってくれなかったのでね」
准将は軽く頷く。だからこそ、ウスティオ上層部だけでなくここにも足を運んだのだ。
「失礼を承知で言いますが、ウスティオは経済面の独立は素晴らしかった。だが軍に関しては、お粗末と言わざるを得ない。その中で、大佐の撤退手腕は群を抜いていた。苦労は察します」
大佐は目礼した。だが共感も好意も見て取れず、やはり簡単には友好関係を築けそうにない。ただ准将自身は、この要注意人物である大佐に警戒心を持つことが出来ないでいた。
「ハミルトン准将」大佐は親しげな口調で呼び掛けた。「お互い、堅苦しいことは抜きににしましょう。率直に、忌憚無く話しを進めるべきです。あなたは私より階級が上でもありますしね」
准将は生真面目に答えた。
「これは年長者であり、優れたパイロットであった貴方への敬意と思って下さい。ですが、率直に忌憚無く、という意見には同意致します」
事実である。准将は次男坊である自身の気質を把握していて、どうにも年長者に頭が上がらないことを自覚している。若すぎる年齢と、そぐわない階級もそうだ。ならば権威で押さえつけるより友好関係を築く、というのが彼の小さな戦術である。その戦術に、大佐は微苦笑で応じた。
「では本題に入りましょう」
「そうさせて頂きます。――本日の作戦により、連合軍は進軍を開始しました。我々はそれに伴い、三段階の攻勢計画を用意しております。ウスティオからは空軍戦力の一部を供出して頂きたいと考えています」
「一部と言うと、具体的には?」
「四部隊、ほとんど全ての戦力となりますが」
「構わんでしょう」あっさりとした承諾だった。「組織的に運用出来るのはそれだけですからね。かと言ってパイロットがいないわけではないですから、基地が空になることはない」
「即断、ありがとうございます」
大佐は肩を竦めた。即断しなくとも、オーシアが望めば上層部からその要請に沿った命令が下される。問題は上層部が渋った場合で、この場合は大佐の即断が多少生きてくる。
「詳細はまあ戦略ブリーフィングでしょうが、オーシア側からはどの程度の戦力が?」
「AWACSと、海軍飛行隊を各作戦に一部隊――」
「AWACSは要らんと思いますよ。うちにいますから」
准将は首を振った。
「いえ、オーシアから供出します。ウスティオ軍の損耗率は把握していますので」
「いや、単に迷惑なんですな」
大佐は軽く笑みを見せながら続けた。「うちの四部隊は傭兵戦力ですから、管制指揮は少々難しいのですよ。正直、大国を嫌っている傾向もありまして」
准将は考えた。オーシアは、歩兵に関しては傭兵戦力を扱うことがある。しかし高価な機体を多く擁し、特に人的資源に困ったこともないパイロットにはとんと関わったことが無かった。管制が難しい云々は傭兵と言えどパイロットである以上、怪しい事実でもあるが、特に押し切る理由もない。ウスティオ側の戦力が大半を占めるなら、AWACSもウスティオ側のほうがいいだろう。
傭兵の把握というなら、指揮しなくとも後からデータの供与を『こっそりお願い』すればいいだけのことである。
「わかりました。AWACSはそちらにお願いすると思います。無論、戦略ブリーフィングでの決定が優先されますが」
「事前に了解しております」
とりあえず、顔合わせというか軽いジャブの応酬は終わった。一息つこうとした准将の元に、紅茶が運ばれてくる。
「どうぞ」
「ありがとう、少尉」
そう言ってマグカップを受け取ると、大佐は軽く手を叩いた。
「そうだ、まだ紹介していませんでしたな。ヤルカ・イライアス少尉です。元パイロットですが、いまでは私の副官です」
「美人ですね」
苦にならない社交辞令を述べると、大佐は笑顔のまま言い放った。
「手を出したらぶっ飛ばすからな。同盟なんぞクソ食らえだ」
「大佐!」
あまりのことに反応出来ないでいる間に、少尉が咎めるように言った。大佐は鷹揚に手を掲げる。
「本気だよ少尉。――ですから准将、名家のバックアップ人員のいないここでは、その手の言動には気を付けたほうがいい。面白半分で基地の人間に手を出したら、使える人材全て使って追い詰めます。本気で」
――この人は!
准将は怒りより、感動を覚えた。支援を受ける身でありながら、ものすごく尊大だ。しかも作戦を勝手に作ってることにはまったく怒りを見せなかったくせに、部下にちょっと疑えないこともない言動をされただけで、同盟なんてクソ食らえとまで言った。尊大なのに、なぜだろう、ちょっと面白く感じてしまう。まるで娘につく虫を追い払う父親のようだ、と感じたからかもしれない。
「申し訳ありません、准将」少尉が申し訳なさそうに言った。「勘違いしないで頂きたいのですが……同盟はウスティオにとって喜ぶべきことです。大佐もその重要性は承知しているのですが、進行中の、その、作戦にご立腹で」
「作戦?」
「飲み会ですよ!」大佐は拳をテーブルに叩きつけた。「円卓から無傷で帰ってきたんだから、飲み会ぐらい許すでしょうが! どさくさに紛れて飲むつもりが、この訪問のせいでおじゃんだ!」
「それは……その、申し訳ない」
准将は釈然としないものを覚えつつ、謝罪した。鼻を鳴らされる。
「……待って下さい。いま、無傷と言いましたか?」
「言いましたよ」
「円卓へ行って? ……我々は、部隊の半数を失う計算でした」
「うちの上層部は全滅を視野に入れていたようでしたな。……ガルム隊で無ければ、陽動も生還も叶わなかったでしょう。タイフーンの部隊を撃墜しています」
准将は驚いた。「タイフーン……まさか、ロト隊?」
「そうでしょう」大佐は軽く頷いた。「円卓の守りはロト隊です。ベルカの生え抜き五機に、二機で行って帰ってきた。それも雑魚を食い潰した後で、です。報酬上乗せだ」
ガルム隊については知っていた。それはもちろんあの片羽がいる、という形で知っていたのだが、それだけではなくなった。
「ガルム隊はエレメントでしたね。ラリー・フォルクと……」
「サイファー。彼はTACネームで呼ばれることを好む」
そう言って、大佐は意地悪そうに笑った。「ダメですよ。既に教導戦力としての打診をしてますから」
「そうですか」
だが選択は傭兵自身に委ねられているし、金で動く傭兵ならオーシアの国力でどうとでもなる。その価値があるかどうか、次の作戦で判定が下されるだろう。4101号を、一大ドッグショーだと言う者もいるぐらいだ。
「ああそうだ、一つお願いがあるんですが」
「なんでしょう?」
「イーグルを貸して下さいませんかね」
これには即答しかねた。なにしろイーグルである。高価で、そして国防を担う機体だ。一時的な同盟関係を得たからといって、ほいほい貸せるものではない。
「理由を窺っても?」
「サイファーの機体、ドラケンだったのですが、それが故障したそうで。そもそも寿命だと言われていた機体なのでペナルティを取る気はないんですが、代わりの機体は必要だ」
「それはそうですね。ですが、もうこちらに機体が無いのですか?」
「イーグルはね」大佐は笑った。「ドラケンであれだけの戦果を出したパイロットです。僚機と合わせてイーグルにすれば、充分な費用対効果を望めると思っています」
「わかりました」准将は頷いた。「ここでお約束は出来ませんが、上層部にはその評価を伝えておきます」
「感謝します」
互いに意見を出し終えたので、会談はお開きとなった。では、と挨拶し、席を立つ。
「有意義な会談でした」
准将が部屋を辞するとき、大佐は自ら扉の辺りまで見送りをした。笑顔で告げる。
「息子さんによろしく」
反応の遅れた一瞬に扉を閉められる。だが、それで良かったのかもしれない。
――なぜ知っている?
准将の顔は、驚きで固まっていた。確かに十三歳の息子がいる。だが、それをなぜ、ウスティオの僻地にいる大佐が知っているのか。
彼は初めて、笑顔の大佐に警戒心を抱いた。組織として警戒を抱いていながら、いま初めてそこに至った思考が、少しだけ笑えた。
食堂ではバカ騒ぎが始まっていた。途中、大佐からラムが届けられたため、加速の一途を辿っている。主賓はガルムのはずだが、もはや主賓だのなんだの関係無い、円卓並みの無法地帯と化している。
「おはようクソったれども! いろいろ略して傭兵訓斉唱ッ!」
「応ッ!」
なんのために生まれた! と響く怒声を避け、元主賓の二人は食堂の端にいた。主賓だったときにもぎ取ったラムの瓶を侍らせ、ピクシーは小さく笑う。
「また始まった。好きだな、あいつらも」
「もうのめない……傭兵訓ってなに、ピクさま」
酔ってデンジャーゾーンの狭まっているピクシーは、普段だったら危険なワードを許してやった。
「A-10乗りを揶揄した訓戒があってな。それを傭兵式に改造したやつだ。ほら」
サイファーが突っ伏しながら首を巡らせる。
『傭兵が食うものは!?
――ハンバーガーとバカルディ!
ロブスターとワインを食うのだ誰だ!?
――首輪のついた正規兵! 命令無ければロックも出来ない!』
首を戻したサイファーは、瞼が重そうな様子でこう答えた。
「好きだね」
「おい、まだ半分も飲んでないだろう」
あまりに眠そうなのでそう突っ込むと、サイファーはふらふらと手を振った。
「ラムはダメなんだよ俺……大佐のをパクったときも、部屋で寝てて捕獲された」
バカである。というかヴァレーに来てからそんな話は聞いてない。つまり、ピクシーがここに来る以前の話だ。だがサイファーは、ピクシーが来た後に契約を結んだはずである。
――ウスティオか、ベルカか。
そこまで考えて、ピクシーは思考を止めた。そんなことはどうでもいい。隣を飛ぶのに相応しいパイロットであることは間違い無いのだから。
ただ彼がベルカ人だったとして、その心境を自分のそれと比較してみたい、とは思わないでも無かった。心の奥底、自分でも自覚出来ない場所で。
イライアスはようやく喧騒の静まった基地を、格納庫に向かっていた。到着したそこには大佐とイーグルアイがいたが、敬礼は省いてよいと暗黙の了解がある。軽い目礼を交わし、視線を上げた。
ドラケン。旧世代の機体でありながら、誰もが認める次世代設計思想に基いて開発された機体。山間で対ベルカ戦線から遠く離れたヴァレー基地に、最低限の装備として同盟国から放出された中古品がここに来た。
「サイファーは先に帰ったそうだ。あれで中々、雰囲気の読めるヤツだな」
軽い冗談のような口調に、大佐は苦笑で答える。
「読まないと死ぬ、サバイバルな生活だったからな。――ああ、ありがとう、少尉」
後半は、イライアスの差し出したベヘロフカのボトルに向けられたものだった。受け取った大佐は、貴重な酒を惜しげも無くギアに掛ける。半分ほど掛けると、続いてイーグルアイに渡した。受け取ったイーグルアイは軽く呷り、回されたイライアスも同じように一口呷った。再び大佐に渡す。
「Jarko, Zdenko.」
久々に旧ウスティオ公用語で話した大佐は、静かに笑って顔を上げた。
「Na zdravi.」
二人は静かに唱和し、存在しない杯をドラケンと、その先代パイロットへと掲げた。
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